――まずはお互いの印象をお教えください。

今矢 昨年8月のフットサル大会で初めてお会いしましたね。相根さんがスペシャルゲストとして登場したんです。僕はフットサルのことはあまり詳しくないので、相根さんのことを知りませんでしたね(笑)。でも僕が選手を見るときの基準はミスをした後の態度なんですが、試合で相根さんは自分がミスしても、他の人がミスしても、何があってもポジティブでした。さすが世界を経験した選手だなと思いましたね。

相根 そうフットサル大会で初めて会ったんだよね。僕は、最初に今矢くんを見たときは「ハーフなのか、海外出身の日本人なのかな」と思いましたね。フットサルは狭いところでしっかりボールをキープすることが大事なんですが、今矢くんはボールを取られない、ミスしない。上手い選手だなと。その後、海外でプレーした選手だと知って、中田英寿氏や中村俊輔といった表に出てくる人だけでなく、他にも今矢君のように海外に挑戦して結果出している人もいるんだなと驚きました。

相根澄&今矢直城プロフィール

footprom今矢 直城

  ――お二人はなぜ海外に挑戦したのですか?

相根 1999年頃、日本のフットサル界にはプロもナショナルリーグもなかったので海外に挑戦しようと思ったんです。日本代表に選ばれて世界のチームと対戦していましたが、日本人は上手いけど海外のチームには勝てない。ブラジルやイタリア、スペインと対戦して負けるのはしょうがないんですが、ベトナムやマレーシアと対戦しても良い勝負をしてしまう。そこで世界のトップでプレーすれば日本代表が負けなくなるのかなと思ったんですよ。

僕がイタリアを選択した理由はこうです。当時ブラジルと対戦して14−1で負けたんですが、その際多くの選手は「一生かなわないよ」と言っていました。でも僕は、「このレベルでやれば世界一になれるはず、ブラジルに行こう」と思うようになったんです。

ところが、とある大会でイタリアとブラジルが決勝で対戦したのを観て気持ちが変わったんです。イタリアは前半2−1とリードで折り返して、結局ブラジルが3−2で勝ったんですが、「あのブラジルをどうやったら押さえられるのかな。日本代表が世界と対戦すると当然守っている時間が多くなる。守備をまずしっかりやれば勝てるようになるだろう」と思ってイタリアに行くことに決めたんです。ブラジルには日本代表の守備をしっかりと組織してから、後輩に行ってもらえばいいと思ったんですね。

今矢 僕は小学校からヨーロッパでプレーするのが夢だったんです。10歳で父親の仕事でオーストラリアに引っ越したんですが、「ヨーロッパでプレーしないとプロじゃない」と思っていたんですよ。当時はオーストラリアのナショナルリーグ(2005年からAリーグ)でプレーしていて、20歳くらいの頃から自分がプレーしているDVDとかプロフィールをヨーロッパのクラブへ送っていたんですが、何も話が動かない。このままだとサッカー人生終わってしまうと不安になって、22歳の時に「ヨーロッパに行くしかない。自分をその場所に置かないと始まらない」と思い、代理人が少しツテがあるような話をしていたんで、片道切符を買ってスイスに向かったんです。結局代理人の話は嘘だったんですが、最終的に2003年の7月、スイスの1部リーグ(当時)のヌーシャテル・ザマックスのトライアウトを受けることができて、自分でも驚くほど良いプレーができ契約することができました。

相根 僕も同じ考えで「海外に行かないと始まらない」と思っていましたね。セリエAってフットサルでもあるんだぞと聞いて、1週間後には現地に行っていました。2001年に契約するまで3年くらい掛かりましたね。最初はローマにあるラッツィオで認められんだけど契約には至らなくて……。ローマにもう1つチャンピーノというチームがあって紹介されたんですが、16チーム中そのチームだけが外国人がいなかった。代表戦があって1日しかチャンスなかったんですが、プレーを見てもらうことができた。そりゃもう、その時は他の選手と全然モチベーションが違いますよね(笑)。1日でOKが出て契約することができたんです。

 

 

――海外でプレーして特に印象深かったことはありますか?

相根 お金もらってプロとしてフットサルやっているんだな、ということですよね。自分が入ってから何日かしたらいなくなった選手もいました。ダメだったらすぐに切られて、良いプレーをすれば評価される世界だなと。プレーでは通用する部分もあったんですが、今まで自分が日本でプレーしていたのが本当のフットサルではなかったなと。まずイタリアのフットサルは1人でプレーしていない。自分勝手の行動が即失点につながるから、自分がそこに行く意味を考えてプレーしている。ボール1個分DFが詰めていなくてパスが通されたら、すぐに交替されられてしまう。厳しい部分もあったんだけど、そういった環境の中で点を取るのが面白かった。日本に帰ってきて、本当に止まって見えるとはこういうことかなと思いましたね。日本で試合をすると、ディフェンスは遠くにいて時間があって何でもできたんですよ。

今矢 オーストラリアでもお金はもらえたんですが、スイスではプレッシャーが全然違いましたね。水の注ぎ方、バスでの話し方、服の着方と何をするにしてもプロフェッショナルであることを要求されました。もちろんプレーでも、試合開始5分のミスだって許されないんですよ。すぐにサポーターからブーイングを受けてしまって。それは外国人だったからですね。外国人枠に関しては本当にきつかった。2003−04シーズン、スイスリーグの外国人枠は5人だったんですが、チームには9人の外国籍の選手がいた。翌シーズンからは外国人枠が3人になってしまって、他のチームに移籍しないといけなくなってしまったんです。



――海外に挑戦して一番良かったと思うことは何ですか?

今矢 UEFA杯に出場できたことは夢が叶った瞬間でしたね。ですが、スイスにいたときは毎日帰りたいと思っていました。でも、今から思い出せば、あの一番苦しい時期が一番人間的に成長できた時期だと思っています。2005年にオーストラリアに戻った後、再びヨーロッパに行きたいと思ったのは、また新しい挑戦をすれば人間的に成長できるかなと思ったからでしたね。

相根 世界のトップと言われるセリエAのピッチに立つことができたので、それを基準に世界のフットサルを見られるようになったことですね。プレーだけでなく、こうやって引退してからも発言して伝えることができていますしね。



 

 

――日本とのプレーの違いを一番感じたことは?

相根 意識ですね。意識というと広すぎるかもしれないけど、プレーしている意識が全然違う。日本だったら試合開始の笛がピッと鳴ったら、パスを後ろに出してゆっくり回していく。イタリアは試合開始から100%のダッシュで取りに来る。横パスしたら、パスを受けた相手にいきなり100%のプレーで取りに行く。それが前後半分40分続くんです。

今矢 僕はJリーグでプレーしてないから客観的な意見になるんですが、練習中から選手が懸けているものが違うと思います。試合が始まったらすべてのものを懸けている。日本の試合を見ているとすごい能力も高くて上手いのに、もっと積極的にいけるのに仕掛けない。もっと日本人がスターになってもいいのに、外国人が得点王になってしまう。やはり、それこそ意識の問題だと思います。日本人は人生を懸けてプレーしているのかなって思ってしまうんです。

相根 そう日本人は100%の力を出していないですよね。フットサルにしろサッカーにしろ、「死ぬ気で頑張っている」と言っている選手がいても本当にそうなのかなと。海外だと100%同士でやり合っているからそれ以上のプレーが生まれてくる。だから強い。Jリーグなどでも降格争いをするとき、すごく面白い試合になるじゃないですか。あれが本当の力だと思いますね。ヨーロッパでは、サポーターもいるしクラブの関係者もいるので、毎試合全力でプレーしているんです。

今矢 しょうもない試合したら、街を歩けないですよね。勝てば逆に王様です(笑)。

 

文・写真:斉藤 健仁

 

  

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